【Talk】フルマラソンによりそう音楽「3区:強く背中を押してくれる曲」──金井政人(BIGMAMA)、鹿野淳、高山都、三原勇希

音や言葉で、重い足取りを引っ張り上げてもらいたい


鹿野 3区は本当にきつい時間で、体はもうすでに限界を迎えつつある。そんなタイミングだから、背中を強く押してくれる曲がいいですよね。僕はラヴェルの『ボレロ』なんですけど……これは世界で初めてのミニマルミュージックと言われていて、すごく少ない音から同じことをやりながら音を足し、音楽を変化させていく曲なんです。後半の盛り上がりがすごい、勇者の歌ですね。

高山 盛り上がりすぎて、感極まってきますね。

鹿野 都市型のマラソンだと、30kmを過ぎたあたりで沿道の応援が増えてくるんですよ。東京マラソンの場合は毎年ごはんと味噌汁を用意してくれてるひとがいたり、エアサロンパスを「どこだ~!?」って掲げているひとがいたり。「内腿です!」って答えたら「376番、頑張れ!」とか言いつつスプレーしてくれた(笑)。

三原 えっ、一般の方ですか?

鹿野 完全な一般の方。ちょうど下町エリアだから、そういう粋なひとがいるんですよ。そんな沿道のことも意識しながら、外音と耳音をリンクさせて高めていきたいんですよね。だから『ボレロ』の調べと、勇者を称えようとしてくれる温かな沿道のひとたち、という組み合わせ。

三原 走っている自分がいて、でも自分はひとりじゃないって感じがすごくしますね。

鹿野 そうなんですよね。むしろ3区はこれ1曲でもいいくらいだけど、もう1曲挙げるとしたら第九か……NHK東京児童合唱団の『よろこびの歌』。外音が聞こえなくても、沿道の方々の表情とこの曲が合わされば、もう自分が映画の主人公みたいに思えてくる。

高山 映画『紙の月』でもそんな場面ありましたよね。スローモーションで走っていくラストシーンに似てる。

鹿野 まるで走馬燈のようなね(笑)。

三原 そのときしか味わえない気持ちとか化学反応がありそう。私もつらいときに聴いてみたいです。

高山 私はエレカシの『風に吹かれて』とストレイテナーの『Melodic Storm』にしました。この時間帯って重たいから、これくらい濃い曲を入れたいんです。特にテナーはライブの最後によくこの曲を演奏するので、「もうすぐゴール」って感じがリンクしてるかなと。

鹿野 この2曲は“風”ですよね。

高山 あ、そっか、風つながりや! たぶん、この曲が追い風になったらいいなって選んだんだと思います。私、2014年の名古屋ウィメンズマラソンに、疲労骨折したまま出走したんですよ。テーピングと痛み止めでどこまで走れるかわからないけど、30kmまでは頑張ろうと思って。でも、完走できないつもりだったからか逆に結構飛ばせて……タイムの貯金もしながら、30kmまで余裕でいけたんです。もちろん体は痛すぎて麻痺してるし、めちゃくちゃしんどいけど、ここまできたらもうあと12kmやから……ペースを上げて前に進むしかないって思えた。気力で走った経験は後にも先にもこれがマックスで、そのときも音楽にすごく頼りました。自分用のフルマラソンプレイリストは全部すごくポジティブな歌やったり、ランに重ね合わせられる詞やったりするから、曲の持つ言葉に引っ張ってもらいましたね。


一番つらい瞬間でも、スイッチを入れ直すための曲


金井 僕も、きつい3区を支えてくれる曲を選びました。もともとフルマラソンを走ったのは、鹿野さんに誘われて。人間としてちょっと変わるために、まずはひとの誘いを断らないようにしようと思い始めた矢先、最初のオファーが東京マラソンだったんです(笑)。で、だいぶ年上の鹿野さんが4時間で走るって言うから、ずっとスポーツをやっていた自分にできないはずはないと思って「じゃあ僕も」とか言っちゃって。案の定トレーニングを始めたら1か月くらいで靭帯が伸びちゃったので、当日は痛み止めの座薬を挿して走ったんですよ。スタート地点のホテルでまずは1本入れておこうと思ったら、トイレのドアを開けたところに同じ座薬の空箱が落ちてて……みんな痛いんだなって勇気づけられましたね(笑)。

三原 聞いててこっちも痛くなってくる……!

金井 でも、フルマラソンを走って思ったのは、42.195kmで人間性が出るなってこと。自分がどういう人間かわかりますよね。僕は究極にさみしがりやの自分に気づいて……誰かに見られてないと頑張れないって思ったんです。だから3区には、秦基博さんの『ひまわりの約束』とJason Mraz『You And I Both』を選びました。どっちも“あなたがいて私がいて”っていうタイプの曲ですね。

三原 私は去年の名古屋ウィメンズマラソンが初フルで、サブ4.5が目標でした。いろんなひとから「30kmまでは温存だよ」と言われていたので、本番も30kmあたりまではゆっくりを心がけつつ、でも結構いいペースで走ってたんですよね。そしたら「このままだったらサブ4いけるぞ!」って声援が聞こえて……まさかと思いつつも気になってしまい、32kmを超えたあたりで、伴走してくれているコーチに「どれだけ速くても頑張るから、サブ4切れるように連れていってください」って頼みました。そこから一気にペースを上げて、本当にサブ4を達成できた。だから3区って、つらいけどもう一回スイッチを入れ直したり、決意できるタイミングだなって思います。一番応援してほしい地点でもあるけど、テンションを上げたいポイントでもある。そこで選んだのが電気グルーヴの『N.O.』です。気持ちも上がるし、よく聴くと歌詞も深いし、これは入れたいなとすぐに思いました。あとは候補曲のひとつに岡村靖幸さんの『あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう』があって、このタイトルみたいに自分がゴールしたときに喜んでくれるひとの顔を思い浮かべたら、残り10kmも頑張れる気がしますよね。

鹿野 三原さんって、ここまでほとんど洋楽派だったじゃないですか。それが、マラソンのクライマックスにきて全部日本語になってるんだよね。

三原 そうなんです! 自分でもこうやって並べてみて初めて気づいたんですけど、やっぱり言葉に支えられてるんだなって思いました。マラソンの後半って、前のひとのTシャツに書いてある言葉がめっちゃ沁みたりするし……「いま頑張らないでいつ頑張るんだ」みたいによく聞く言葉でも「うんうん!」ってなる(笑)。

高山 「諦めたらそこで終わりだ」とかね(笑)。

三原 そうそう! だから、最後のほうは言葉で勇気づけてほしいなって思います。


Photo: Imai Takashi/Text: Sugawara Sakura


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